補聴器を使えば認知症を防げるのか?難聴と認知機能の研究から考えたこと
先に結論をお伝えします
- 補聴器と認知症の関係を考えるうえで、まず知っておきたいのは、難聴と認知機能の低下には関連がある可能性が高いということです。
- ただし、「補聴器を使えば認知症を予防できる」と断言できる段階ではありません。
- それでも、聞こえにくさをそのままにしてよい理由にはなりません。
補聴器と認知症の関係について、不安をあおって売るのも違う。聞こえにくさを放置するのも違う。その間にある現実を、補聴器を販売する立場から整理しました。
2026年9月2日、補聴器に関するオンライン研修を受講しました。
難聴と認知機能の話、補聴器ユーザーの私にとっては、なかなか味わい深い受講です。
受講したのは、WSオーディオロジージャパン株式会社主催「第15回 最先端聴覚セミナー ― 軽中等度難聴の認知機能リスクと補聴器装用を考える ―」です。テーマはその名のとおり、加齢性難聴と認知機能低下の関係となります。
最近は、新聞やテレビ、インターネットなどで、
- 難聴を放っておくと認知症になる
- 補聴器を使えば認知症の予防になる
といった言葉を目にすることが増えています。
しかし、今回の講演で最も大切だと感じたのは、まだそこまで単純に言い切れる段階ではないということでした。
難聴と認知機能低下には関連がある可能性が高い。補聴器が、その関連を弱める可能性も示されている。ただし、「補聴器を使えば認知症を予防できる」と断言できる段階ではない。
補聴器店にとって、都合のよい部分だけを切り取れば、営業トークは簡単につくれます。だからこそ、ここは慎重に、分かっていることと、まだ分かっていないことを分けてお伝えします。
「難聴=認知症」ではない。しかし、無関係とも言いにくい
講演では、認知症の一歩手前とされるMCI(軽度認知障害)と難聴の関係について、これまでの研究結果が紹介されました。
複数の研究をまとめたレビューやメタアナリシスでは、難聴がある人はMCIのリスクが29%から44%高くなるという報告や、聴力が10dB低下するごとにMCIとなる確率が16%上がるという報告があるそうです。
もちろん、難聴がある人が必ず認知症になるという意味ではありません。
ただ、聞こえにくさと認知機能の低下を、まったく別の問題として切り離すことも難しくなってきている。今回の講演を聞いて、私はそのように受け止めました。
研究で示された「38.75dB HL」という目安
今回紹介された研究では、55歳以上で両耳に難聴がある117人を対象に、聴力と認知機能との関係を調べています。
- 補聴器を一度も使ったことがない人:55人
- 補聴器を3年以上使っている人:62人
認知機能の評価には複数の検査が使われました。その中で、注意力や情報処理の速さなどを見るSDMTという検査では、補聴器を使っていない人ほど、聴力が低下するにつれて得点も低くなる傾向が確認されたようです。
そこで示された一つの境目が、平均聴力レベル38.75dB HLです。
dB HLは聴力の程度を表す単位で、数字が大きいほど聞こえにくさが強いことを示します。38.75dB HLは、おおむね40dB HLに近く、軽度難聴と中等度難聴の境目付近に当たります。
参考までに、身体障害者手帳の対象となる聴力レベルは、原則として両耳70dB以上(等級によって基準は異なります)です。38.75dB HLは、それよりかなり手前の段階に当たります。
この数字は、補聴器を使い始める基準でも、障害の基準でもありません。あくまで、今回の研究対象者を統計的に分析したときに見えた一つの目安です。
ただし、38.75dB HLを少し超えた瞬間に何かが起きるわけではありません。これは、今回の研究対象者を統計的に分析した結果として出てきた数字となります。
聴力の数字だけで、補聴器が必要かどうかを機械的に決めるものではない。ここは誤解してはいけないところです。
長期装用群では、同じ関係が見られなかった
一方、補聴器を3年以上使っている人たちでは、聴力の低下とSDMTの得点との間に、統計的に明確な関係は確認されませんでした。
講演では、補聴器を長く使うことによって、聴力低下に伴う認知機能低下のリスクが軽減、または解消されている可能性があると説明されていました。
ここで「やはり補聴器を使えば認知症を防げる」と飛びつくのは早すぎになるかと思います。
補聴器と認知症予防――ここで結論を急がない
この研究は、補聴器を使っている人と使っていない人を比べたもので、補聴器を装用したことで認知症を防げた、と直接証明した研究ではないようです。
講演の最後でも、難聴と認知機能低下は関係していると考えられる一方、補聴器による認知症予防効果については、まだ十分な科学的根拠がそろっていないと、かなり慎重に説明されていました。
ここを飛ばして、
認知症になりたくなければ、今すぐ補聴器を買いましょう。
と不安をあおるのは、私は違うと思っています。
補聴器を販売する側にとって都合がよい話だからこそ、なおさら慎重であるべきです。
ただし、だからといって、聞こえにくさをそのまま放っておいてよいという話でもありません。
不安をあおって売るのも違う。聞こえにくさを放置するのも違う。
今回の研究から受け取るべきなのは、その間にある現実だと思います。
聞き取るために、頭がずっと残業している
私自身、30年以上補聴器を使っています。
聞こえにくい状態は、単に音が小さく聞こえるだけではありません。
聞き取れなかった言葉を前後の文脈から推測する。相手の口元や表情を見る。その場の流れから、何を言ったのかを組み立て直す。
周囲からは普通に会話しているように見えても、本人の頭の中では、欠けたパズルを必死に埋め続けていることがあります。
言ってみれば、聞き取るために、頭がずっと残業しているようなものです。
今回の講演では、fMRIを使った研究の中間報告も紹介されました。補聴器の長期装用者では、聴覚を担当する脳の領域と、言語、注意、記憶に関係する領域とのつながりが強くなり、視覚への依存が減っている可能性があるという内容です。
ただし、こちらはまだ対象者数が十分ではなく、研究途中の結果です。興味深い内容ではありますが、現時点で結論として扱うべきものではありません。
あわせて申し添えると、これは特定の補聴器の性能を示したものではなく、当店で取り扱う補聴器に、こうした効果があるという意味でもありません。
大事なのは「つけたか」ではなく「使える状態か」
もう一つ、強くお伝えしたいことがあります。
補聴器は、買って耳につければ、自動的に脳を守ってくれる道具ではありません。
高価な補聴器ならよい、最新のAI搭載機種ならよい、という単純な話でもありません。
必要な音が十分に入っていなければ、補聴器をつけていても効果は出にくくなります。反対に、音を強く入れすぎれば、うるささや疲れにつながり、使わなくなってしまうこともあります。
大切なのは、
- 現在の聞こえを確認すること
- どの場面で、誰との会話に困っているかを整理すること
- 実際の生活の中で試すこと
- 客観的な測定と本人の感覚の両方を見ながら調整すること
- 使いながら再調整を重ねること
です。
補聴器の店YONAGOが最初に伺いたいのは、「どの商品が欲しいですか」ではありません。
どこで、誰と、どのような時に、何が聞きにくいのか。
そこが分からなければ、その人に合った補聴器も、その人に必要な調整も見えてこないからです。
「まだ早い」と思っている時こそ、一度確認を
加齢による聞こえの低下は、ゆっくり進むことがあります。そのため、ご本人より先に、ご家族が変化に気付くこともあります。
- テレビの音量が以前より大きくなった
- 聞き返しや聞き間違いが増えた
- 複数人での会話が分かりにくくなった
- 病院や役所での説明を聞き取るのが不安になった
- 会話そのものを避けることが増えた
こうした変化があるなら、補聴器を買うかどうかを決める前に、まず耳鼻咽喉科で耳の状態や聴力を確認することが大切です。
そのうえで補聴器が選択肢になるのであれば、実際の生活で試し、どの程度役に立つのかを確かめてから考えればよいと思います。
補聴器は「認知症予防のお守り」ではない
補聴器を使えば認知症を確実に予防できる。
現時点では、そこまで言い切ることはできません。
しかし、聞こえにくさをそのままにせず、必要な音や言葉が届きやすい状態をつくることには、大きな意味があります。
家族との会話に加わること。病院の説明を自分で聞くこと。友人と出掛けること。仕事や地域の集まりに参加すること。
補聴器は、認知症予防のお守りではありません。
けれども、人や社会とのつながりを保ち、自分らしい生活を続けるための道具にはなり得ます。
科学がまだ答えを出している途中だからこそ、不安をあおらず、聞こえにくさも放置せず、今できることを一つずつ丁寧に進める。
それが、現時点で最も誠実な向き合い方ではないかと、私は考えています。
補聴器の店YONAGO(米子市役所前)では、米子・鳥取・松江・安来をはじめとする山陰エリアの皆さまから、補聴器を購入すると決めていない段階のご相談や、ご家族からのご相談も受け付けています。まずは現在の聞こえと、日常生活で困っていることを一緒に整理していきましょう。
※本記事は、2026年9月2日に視聴したWSオーディオロジージャパン株式会社主催「第15回 最先端聴覚セミナー ― 軽中等度難聴の認知機能リスクと補聴器装用を考える ―」で紹介された研究報告を、一般の方向けに整理したものです。研究結果は、補聴器による認知症予防効果を確定したものではありません。
※本文で紹介した数値(MCIリスクが29%から44%高いとする報告、10dB低下ごとに16%上がるとする報告、38.75dB HLという目安など)は、いずれも同セミナー内で示された研究報告に基づくものです。個々の原典論文の詳細までは、本記事では扱っていません。
補聴器の店YONAGO 代表 中西 充
〒683-0823