補聴器は「つければ終わり」ではない。調整記録が聞こえを支える理由

補聴器の調整は、購入時だけで終わるものではありません。

先日、補聴器の調整記録と、補聴器の音を客観的に確かめる測定についての研修を受講しました。

「フィッティング記録」と聞くと、販売店側の事務作業のように思われるかもしれません。

しかし、実際はそうではありません。

補聴器を使う方にとって、記録は聞こえを良くしていくための地図です。

どこで困っていたのか。何を調整したのか。使ってみてどう変わったのか。次に何を確かめるのか。

この流れが残っていなければ、来店するたびに話が振り出しへ戻ってしまいます。

私自身、補聴器を30年以上使ってきました。だからこそ、はっきり言えます。

良い補聴器を買うことも大切ですが、それ以上に大切なのは、その補聴器を自分の生活で使える状態にしていくことです。

補聴器は、箱を開けた時点ではまだ完成していません。

補聴器の調整記録方法に関する研修資料
補聴器のフィッティング記録方法に関する研修資料(冒頭タイトル)

フィッティング記録は、単なる「カルテ」ではない

研修では、補聴器のフィッティング記録には、主に次のような内容を残す必要があると説明されました。

  • お客様の年齢、生活環境、家族構成、補聴器の使用経験
  • 聴力や言葉の聞き取りに関する測定結果
  • どの場面で、何に困っているのか
  • どの補聴器を、なぜ選んだのか
  • どのような調整や説明を行ったのか
  • 調整後に、聞こえ方がどう変化したのか
  • 次回、何を確認し、どのように進めるのか

大事なのは、情報をたくさん書くことではありません。

「主訴」「処置」「評価」「次回の方針」が一本につながっていることです。

主訴とは、ご本人が困っていることです。

処置とは、その困りごとに対して行った調整や説明です。

評価とは、実際にどう変わったかを、ご本人の感想と測定結果の両方から確認することです。

この三つにつながりがなければ、調整の方向が分からなくなります。

記録する項目確認する内容
主訴どこで、誰の声や何の音に困っているか
処置何を、なぜ調整・説明したか
評価本人の感想と測定結果がどう変わったか
次回方針次に何を確かめ、どの方向へ進めるか

記録のない調整は、地図のない航海です。毎回、勘だけで進むことになります。

「うるさいから下げる」だけでは、補聴器の調整が迷子になる

補聴器を使い始めた方から、よく出る言葉があります。

「うるさい」

この一言だけを聞いて、補聴器の音量を全体的に下げればよいかというと、話はそれほど単純ではありません。

いつ、どこで、何の音がうるさいのか。

家の中でも一日中うるさいのか。外へ出た時の車の音だけなのか。食器や水の音、スリッパの音が気になるのか。

ここを分けて考えなければなりません。

全部の音を一律に下げると、聞きたかった会話まで小さくなってしまうことがあります。

反対に、「聞こえないから上げる」だけを繰り返せば、今度は生活音が負担になることがあります。

上げる。下げる。また上げる。

これを繰り返していると、補聴器の調整そのものが迷子になります。

必要なのは、困っている場面を具体的に確認し、どの音をどう変えたいのかを整理したうえで、段階的に補聴器の調整を行うことです。

初めて補聴器を使う方は、今まで聞こえにくかった音が急に入ってくるため、違和感を覚えることがあります。そのため、一回ですべてを決めるのではなく、実際の生活で試しながら、少しずつ慣れていく計画も必要になります。

補聴器の調整で先に聞くべきなのは「どの機種が欲しいですか」ではない

補聴器を選ぶ時、価格や性能の説明はもちろん必要です。

しかし、その前に確認しなければならないことがあります。

「どこで、誰と、どのような時に聞きたいのか」

家の中で家族との会話が聞き取りやすくなればよい方と、仕事や会議、地域の集まりなどで複数人の会話を聞きたい方では、必要な機能も調整の考え方も変わります。

外出の頻度、テレビを見る時間、電話の使用、手先の動かしやすさ、補聴器の着け外しや充電ができるかどうか。こうした生活情報も、機種や形を選ぶ重要な材料になります。

高い補聴器を勧めれば、それで専門的な提案になるわけではありません。

その人の生活に必要のない機能まで載せた補聴器を勧めても、本人にとっての価値にはなりません。

反対に、騒がしい場所での会話が多い方に、必要な機能が不足した機種を勧めれば、「補聴器は役に立たない」という結果になりかねません。

商品から考えるのではなく、生活から考える。

これが補聴器選びの出発点だと思います。

補聴器の調整には、本人の感想と測定結果の両方が必要

補聴器の調整では、ご本人の感覚が非常に大切です。

「家族の声が聞きやすくなった」

「テレビの音量が下がった」

「外では車の音が大きすぎる」

「長時間つけると疲れる」

こうした感想は、次の調整を考えるための重要な情報です。

ただし、感想だけでも十分ではありません。

補聴器をつけた状態で、どの程度の小さな音まで聞こえているか。普通の会話音で、言葉をどこまで聞き分けられているか。補聴器がどのような音を出しているか。

こうした客観的な確認も必要です。

「よく聞こえる気がする」という感覚と、実際に言葉を聞き取れているかは、必ずしも同じではありません。

一方で、測定上の数字が良くても、日常生活で疲れて使えないのであれば、それも良い状態とは言えません。

感覚だけでも駄目。数字だけでも駄目。

両方を見ながら、生活の中で使えるところへ近づけていく必要があります。

フィッティングソフトは「答え」ではなく、補聴器の調整の出発点

現在の補聴器は、聴力データを入力すると、メーカーのフィッティングソフトが推奨設定を示してくれます。

技術の進歩によって、昔に比べれば調整はしやすくなりました。

しかし、今回の研修で強調されていたのは、ソフト上の設定と、実際にその人の鼓膜近くへ届いている音は、必ずしも同じではないという点です。

耳の穴の形や大きさ、耳せんやイヤモールドの状態、空気を逃がす穴の有無などによって、耳の中での音の届き方は変わります。

研修では、細いチューブを耳の中へ入れ、鼓膜近くの音圧を測る「実測測定」も紹介されました。

これは、ソフトが示した設定を信じるだけではなく、実際の耳で狙った音が出ているかを確かめる考え方です。

販売店ですべてを完結させるのではなく、医療機関が担う評価と、販売店が担う補聴器の調整・継続支援をつなぐことも、今後ますます重要になると感じました。

ソフトは便利です。しかし、ソフトに入力したから終わりではありません。

「設定したつもり」と「実際に届いている音」は、別物として確かめる必要があります。

補聴器の調整記録で、担当者が変わっても話が続く店に

フィッティング記録には、もう一つ大きな役割があります。

担当者以外でも、これまでの経過を確認できるようにすることです。

前回、何に困っていたのか。どの設定を変えたのか。なぜその変更をしたのか。次に何を確認する予定だったのか。

これが共有されていれば、担当者が不在でも、前回から続きの対応ができます。

反対に、情報が一人の頭の中にしかなければ、その人が休んだだけで、店としての対応が止まります。

経験は大切です。しかし、経験だけに頼れば、どうしても属人化します。

認定補聴器専門店として求められるのは、誰か一人の勘に依存することではなく、記録をもとに複数の目で確認し、店として継続的に支えることだと考えています。

医療機関へつなぐ判断も、補聴器店の役割

聞こえにくさがあるからといって、すぐに補聴器を販売すればよいわけではありません。

耳の状態や症状によっては、先に耳鼻咽喉科を受診する必要があります。

今回の研修でも、販売前に確認すべき項目と、該当した場合に医療機関へつなぐ重要性が強調されていました。

補聴器店が病気の診断をすることはできません。

売ることを急がず、医療へつなぐべき時にはつなぐ。それも、専門店として欠かせない役割です。

良い補聴器とは、「売れた補聴器」ではない

補聴器の店YONAGOでは、これまで培われてきたフィッティング経験を大切にしながら、相談内容、調整内容、使用後の評価を記録し、次回の対応へつなげる運用を進めています。

私自身も補聴器ユーザーとして、音が入ることと、言葉が分かることは違うと実感しています。

そして、補聴器を使っている本人が、「何となく聞こえにくい」「何か違う」としか説明できないことも、よく分かります。

だからこそ、店側が一歩踏み込んで、いつ、どこで、誰の声が、どのように聞きにくいのかを一緒に整理しなければなりません。

良い補聴器とは、売れた補聴器ではありません。

毎日の生活で使われ、必要な会話につながり、困った時には調整を続けられる補聴器です。

補聴器は、高価な家電ではありません。

その人の生活に合わせて、記録と調整を重ねながら育てていく道具です。

補聴器を使っているけれど、言葉がはっきりしない。調整を受けても、なぜ変更したのか分からない。以前より使う時間が短くなった。

そのような時は、「補聴器が合わない」と決めつける前に、これまでの調整経過を整理し、もう一度、生活の中で困っている場面から確認してみることが大切です。

補聴器の店YONAGOでは、補聴器の調整についてのお問い合わせを、ご本人だけでなくご家族からも受け付けています。

まずは、今の聞こえと、今困っていることをお聞かせください。

補聴器の店YONAGO 代表 中西 充 補聴器装用歴30年以上

※本記事は、日本補聴器技能者協会の研修で扱われた、補聴器のフィッティング記録、客観的評価、実測測定に関する研修内容を、一般の方向けに整理したものです。個別の診断や治療、補聴器の必要性に関する医学的判断は、耳鼻咽喉科へご相談ください。

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